醤油の貿易について

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日本の醤油市場は、オランダとイギリスによって大きく成長してきました。

そしてオランダは、江戸時代の鎖国時に貴重な輸出品として提供されていました。

特にオランダ東インド会社の影響で品質が高い国産醤油が目立っていました。

さらにイギリスは、産業革命によって生産効率化が向上して交渉力が強くなりました。

その後、ロスチャイルド・グループの圧力で開国して自由競争が激化しました。

オランダは、競争力が低下して国産醤油の輸出が縮小しました。

ちなみに、値段が安い中華人民共和国産の醤油が台頭して国産醤油が圧迫しました。

醤油の貿易について

醤油は、江戸時代に普及した調味料です。

 

醬油の輸出は、1647年に始まりました。

当時の日本は、江戸幕府3代将軍として活動していた徳川家光さんによって鎖国が形成されていました。

そして鎖国は、世界各国との貿易や交渉が禁止しました。

しかし、中華人民共和国とオランダのみが許可されていました。

さらに、長崎県の出島を交易窓口として船の出入れを許認可していただけです。

 

特にオランダとの貿易は、東インド会社オランダ商館を通じて行われました。

ちなみに、仲介としてコンプラ商人(長崎の豪商です)がいました。

日本の醤油は、スパイスの1つとして受け入れらました。

アジアからヨーロッパにまで送られました。

そして、ブルボン朝第3代フランス王国国王として活動していたルイ14世さんも愛用した品です。

 

江戸時代後期、1858年にペリー来航による鎖国政策が終了しました(日米修好通商条約です)。

そして、主要国(アメリカ合衆国、イギリス、ロシア連邦、イタリアなどです)との貿易が

自由化して質の悪い醤油が出回りました。

さらに、価格競争によって中国産の醤油が溢れました。

つまり、国産の醤油の輸出が低迷しました。



醤油と国際化について

明治時代、日本人の海外移住が始まりました(醤油が輸出されました)。

1918年に第1次世界大戦で勝利した日本は、アジア各地に民間人や軍人などの日本人が派遣されました。

醬油会社は、海外進出して現地に工場を建設して生産を開始しました(グローバル化です)。

しかし、1941年に第2次世界大戦でアメリカ合衆国との国交断絶が起こりました。

海外の在住者向けに輸出されていた醤油が出荷されなくなりました。

つまり、醤油の輸出は実質的に中断されました。

 

1945年、第2次世界大戦で敗北した日本は、

連合国軍(第2次世界大戦の戦勝国です)の軍隊が進駐してきました。

特にアメリカ人が進駐して日本食を受け入れました。

醬油で調理する寿司、すき焼き、照り焼き、天ぷらなどを好みました。

長期滞在していたアメリカ人が醤油に慣れて、アメリカ合衆国に持ち帰りました。

日本食が欧米を中心に浸透していくきっかけの1つです。

 

1949年、醤油の輸出が再開しました。

醬油会社は、アメリカ合衆国を中心に積極的に醤油を利用した料理レシピを展開しました。

1965年、戦前の最も高い輸出数量に到達しました(4200kℓです)。

さらに海外の国産醤油は、20万8000kℓです(日本で使用される醤油全数量の約24%です)。

ちなみにキッコーマン株式会社は、1973年に

醤油メーカーとして初めてアメリカに工場を建設しました。

醤油と東インド会社について

鎖国下の日本は、オランダの東インド会社が貿易の中心になっていました。

基本的にインドの胡椒などのスパイスをヨーロッパに持ち込む事が目的でした。

その後、日本の醤油は、独特な香りがするスパイスの1部として利用されるようになりました。

そして仲介者としてコンプラ商人(取次です)がいました。

東インド会社のオランダ商館と日本商人との仲立ちです。

長崎県の豪商たちが集まってコンプラ社(金富良社です)を結成しました(株仲間、組合です)。

 

オランダを通じてヨーロッパに輸出された醤油は、堺産が多いです。

当時の日本は、長崎県から輸入生糸を京阪神に運ぶ特権を与えられていた堺の商人が、

長崎県を下る空船を利用して醤油を運搬していました。

ちなみにコンプラ商人は、輸出品や東インド商館員及び

船の乗組員の為の日用雑貨などの取り次ぎもしました。

 

主な輸出項目は、2種類に分類されます。

➀本方荷物は、オランダ東インド会社の公式貿易品です。

⓶脇荷物は、オランダ船乗組員や商館関係者などの個人向け貿易品です。

 

➀オランダ東インド会社長崎商館(注文です)→

コンプラ商人(日本の特権商人です)→醤油製造業者です。

⓶醬油製造業者→コンプラ商人→オランダ東インド会社長崎商館です(納品です)。

➂オランダ東インド会社長崎商館→アジア各地へ輸出します(1647年~1720年です)。

➃オランダ東インド会社長崎商館→バタビア本店商館(東インド会社、ジャカルタです)へ

輸出します(1721年~1792年です)。

⓹バタビア本店商館→オランダへ輸出します(1737年~1760年です)。

⓺バタビア本店商館→アジア各地に輸出します(1721年~1792年です)。

 

主なアジア輸出先はコロマンデル商館(インドです)、バンダ商館(インドネシアです)、

台湾商館(台湾です)、東埔秦商館(カンボジアです)、コロンボ商館(スリランカです)、

東京商館(ハノイです)、マラッカ館(マレーシアです)、暹羅商館(タイです)などです。

 
 

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