日本のお金の歴史について

貨幣が誕生する前、人々は物々交換を通じてモノを手に入れました。

つまり、欲しいモノを状況によってモノとモノを直接交換しました。

しかし、いつも欲しいモノが交換できる訳ではないです。

相手が持っているモノが欲しくても、相手が必要としない場合は交渉不成立です。

縄文時代は、共同生活で利用価値が高く、保存性もある布、塩、穀物、家畜、

砂金、貝殻、石、骨などの品物が交換手段として利用しました(物品貨幣です)。

その後、物品貨幣から金属が広く出回った事で金属貨幣に移行していきました。

目次

飛鳥時代について

621年、中華人民共和国で開元通宝が発行しました。

その後、遣唐使を通じて日本で伝来しました。

660年、無文銀銭が使用開始しました。

683年、銀銭の使用を禁止して銅銭を使用開始しました。

699年、古代日本時代の令外官の1つである鋳銭司が設置しました。

7世紀、銀貨の製造開始時期です。

富本銭の製造開始しました(奈良県明日香村の飛鳥池遺跡で見つかりました)。

 

708年、和銅開珎が発行しました(銀銭、銅銭です)。

日本初の流通貨幣で有名です(本格的な国家による銭貨発行です)。

奈良時代について

708年〜963年、皇朝十二銭を発行しました。

律令制度下の日本で鋳造された12種類の銅銭の総称です。

具体例は和同開珎、万年通宝、神功開宝、隆平永宝、富寿神宝、承和昌宝、

長年大宝、饒益神宝、貞観永宝、寛平大宝、延喜通宝、乾元大宝です。

平安時代について

958年、最後の皇朝十二銭である乾元大宝を発行しました。

10世紀、朝廷銭貨の使用を強制しました。

国家による銭貨発行を停止しました。

 

12世紀、日宋貿易が盛んになりました。

銀貨の輸入を行いました。

中華人民共和国との貿易を通じて、渡来銭が流通して銭の病が流行しました。

●渡来銭は、平安時代末期から江戸時代初期にかけて日本で流通した外国製銀貨です。

●銭の病は、平氏政権が銭の使用を促進した事によって、

貴族の保守派が海外から流入する銭の使用を快く思わなくなった事件です。

その後、病が大流行して多くの死者が出た事で平家政権が弱体化しました。

鎌倉時代について

1193年、朝廷が銭貨の使用禁止を始めました。

 

1226年、鎌倉幕府は銭貨の使用を認めました。

13世紀、年貢の代銭納化が進みました。

渡来銭が浸透して流通に大きな影響を及ぼしました。

室町時代について

14世紀、銭貨需要の増大によって為替(割符です)が発生しました。

15世紀、遠隔地取引拡大によって為替の使用が盛んになりました。

宋銭、明銭が流行しました(特に明銭の永楽通宝が有名です)。

撰銭が流通開始しました。

1485年、氏族として活動していた大内さんが撰銭令を発令しました。

●撰銭令は、悪銭の中で粗悪な銭の流通を禁止する事、

撰銭を禁止する事などの銭貨流通に関する法令です。

 

1500年〜1513年、室町幕府が毎年撰銭令を発令しました。

1542年〜1569年、室町幕府や戦国大名が多くの頻度で撰銭令を発令しました。

金貨、銀貨が流通開始しました。

1550年、戦国武将として活動していた武田信玄さんが甲州金を製造開始しました。

1569年、戦国武将として活動していた織田信長さんが撰銭令を発令しました。

16世紀、氏族として活動していた毛利氏が

島根県にある石見銀山の銀による石州銀が製造開始しました。

各地の戦国大名が独自の金貨や銀貨を鋳造開始しました。

安土・桃山時代について

1588年、戦国武将として活動していた豊臣秀吉さんが天正長大判を発行しました。

天正長大判は、当時世界最大の金貨で有名です。

江戸時代について

1601年、戦国武将として活動していた徳川家康さんが慶長小判を発行しました。

1610年、伊勢国で日本初の紙幣が発行しました。

1630年、備後国福山藩(広島県です)で日本初の藩札を発行しました。

1636年、江戸幕府3代将軍として活動していた徳川家光さんが寛永通宝を製造開始しました。

1670年、渡来銭の通用を禁止しました。

江戸幕府が金貨、銀貨、銭貨の統一をしました(三貨制度です)。

●藩札は、江戸時代から明治時代初期にかけて諸藩で発行した紙幣です。

 

1772年、江戸幕府が南陵二朱銀を発行しました。

18世紀、幕府の財政悪化によって、

小判の重さや金の量を減らして流通する貨幣の量を増加しました。

江戸幕府による改鋳が増加して貨幣制度が悪化しました。

 

1816年、イギリスで金本位制が本格的に採用しました。

1859年、ペリー来航後に外国との両替の基準が変化して通貨の混乱が発生しました。

明治時代について

1868年、明治政府が太政官札を発行しました。

明治政府は、金欠だった事で幕藩時代の金銀銭貨や藩札を通用しつつ、

太政官札や民部省札などの紙幣を発行したので貨幣制度が混乱しました。

1871年、新貨条例を制定しました。

金貨を貨幣の基本単位として『両』から『円』へ切り替えました。

貨幣制度の全国的統一と金本位制が実現しました(円の単位を採用しました)。

ドイツで金本位制が本格的に採用しました。

1872年、新紙幣として明治通宝札(ゲルマン紙幣です)を発行しました。

1881年、明治通宝札の偽造が増加した事によって神功皇后札を発行しました。

文明開花で欧米式の様式を取り入れて横長になりました(初めて肖像画を印刷しました)。

●太政官札は、政府紙幣です。

 

1882年、日本銀行を創設しました。

1885年、日本銀行券である日本銀行兌換銀券を発行しました。

1897年、貨幣法が施行しました(金本位制が本格的に採用しました)。

1899年、政府紙幣や国立銀行紙幣の通用が停止しました。

日本銀行券に統一しました。

1900年、アメリカ合衆国で金本位制が本格的に採用しました。

大正時代について

1914年〜1918年、第1次世界大戦が発生しました。

1917年、金輸出禁止して金本位制を停止しました。

1919年、アメリカ合衆国が金本位制を復活しました。

1925年、イギリスが金本位制を復活しました。

昭和時代について

1929年、世界恐慌が発生しました。

1930年、第27代内閣総理大臣として活動していた浜口雄幸内閣さんが

金輸出解禁して金本位制を復活しました。

1931年、イギリスが金輸出再禁止をして金本位制を停止しました。

第29代内閣総理大臣として活動していた犬養毅さんが

金輸出再禁止して金本位制を停止しました。

第31代大蔵大臣として活動していた高橋是清さんが公債を増発して、軍事費や

公共事業費を増やす景気対策を実施しました(後に軍事拡大に繋がりました)。

1938年、通貨需要の増大に対応する為に臨時通貨法を制定しました。

金、銀、銅以外の新しい素材の金属によって補助貨幣が発行できるようになりました。

 

1939年〜1945年、第2次世界大戦が発生しました。

1942年、日本銀行法によって金本位制度から管理通貨制度に移行しました。

1945年、金:米ドル・1オンス:35ドルの平価で交換可能なアメリカ合衆国ドルを基軸通貨

として各国通貨は米ドルとの固定相場制を採用しました(ブレトン・ウッズ体制です)。

1946年、新しい日本銀行券を発行しました。

1971年、アメリカ合衆国の財政赤字と経常収支の赤字が増大してインフレが進行しました。

アメリカ合衆国がドルと金の兌換停止に踏み切りました(ニクソン・ショックです)。

金と通貨の関係は完全に切り離されて国際的に管理通貨制度へ移行しました。

●管理通貨制度は、中央銀行が通貨の供給(流通貨幣量です)を政策的に管理する制度です。

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