紅茶の歴史について

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イギリスで紅茶を飲んだ日本人のほとんどが、飲みやすいと感じる事があります。

それは、水質が異なっているからです。

そして日本と比較してイギリスは、水の硬度が高いです。

紅茶が滝れると、紅茶特有の渋味が緩和されて軽い味わいになります。

さらに紅茶の主成分であるタンニンは、水中に含まれているマグネシウムや

カルシウムと化合して、香りや味などを生み出しています。

ちなみに茶葉は、風味を損なわないようにしっかり保管します。

紅茶の歴史について

ヨーロッパ諸国に喫茶文化が伝来されたのは、17世紀です。

1602年、オランダは東インド会社(世界初の株式会社です)を設立しました。

1609年、日本の平戸(長崎県です)に東インド会社の商館を開きました。

1610年、オランダ人が平戸を通じて緑茶を持ち帰りました。

その後、東洋の茶碗や茶器などがオランダ貴族社会で高評価を得ます。

セレブリティのアイテムの1つとして認識されるようになりました。

 

1657年、オランダからイギリスに持ち込まれました。

当時は、健康飲料品として販売されていました。

1662年、チャールズ2世(イングランド王・スコットランド王です)の

王妃として活動していたキャサリン・オブ・ブラガンザ王妃さんは、

毎日のように紅茶を楽しんでいました。

当時の紅茶は、王妃の茶として貴族女性の憧れの対象になってきました。

 

1680年、イギリス東インド会社(特許会社です)が本格的に茶の買い付けを始めました。

1706年、紅茶マーケターとして活動していたトーマス・トワイニングさんが、

東インド会社から独立して茶の販売を開始しました。

1717年、イギリス東インド会社と中華人民共和国と直接貿易を開始しました。

18世紀、茶と紅茶の人気が逆転して紅茶の割合が圧倒的になります。

ちなみに紅茶の人気は、アメリカ合衆国に広がって行きました。



アメリカ合衆国は、イギリス東インド会社から紅茶を輸入していましたが、

重税によってオランダの密輸入品が横行しました。

イギリスが反発して税収を得る為に対抗条例をしていきました。

1773年、アメリカ合衆国でボストン茶会事件が起きました。

ボストン港に停泊中の3隻の船にアメリカ人グループが乗り込んで、積荷の茶箱を荒らしました。

最終的にアメリカ独立戦争へ繋がっていきました。

 

1823年、冒険家として活動していたロバート・ブルースさんが、

茶樹をインドのアッサム地方で発見しました。

当時のインドは、イギリスの植民地です。

そして輸入に頼らず独自の紅茶生産を樹立しました。

アッサム茶の栽培を開始して、セイロン島では紅茶の栽培も開始しました。

1839年、世界初の紅茶貿易会社であるアッサム・カンパニーが誕生しました。

 

1887年、日本に紅茶が上陸しました。

1890年、紅茶ブランド『リプトン』創業者として活動していた

トーマス・ジョンストン・リプトンさんが、自社茶園を育成してリプトン紅茶が誕生しました。

1903年、ケニアで紅茶の栽培が開始されました。

20世紀、リプトン紅茶は世界的なシェアを確立しました。

 
 

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